ココハル日和

2026/03/20
自分が認識できないものも確かに在る

私たちは、自分が認識できるものの世界「だけ」で生きている🌟

 

見えているもの、聴こえているもの、感じられるもの。

それが世界のすべてであり、

みんな自分(私)が認識しているのと同じ世界にいるはず、

と当たり前のように思っている。

 

先日、子どもと一緒に「聴覚に関する動画」を見ていたときのこと。

音域がどんどん変わっていって、

「ここまで聴こえたら〇歳」と表示されるゲームのようなものを、軽い気持ちで一緒にやってみたら、

途中から、私はまったく音が聴こえなくなってしまった💦

でも、子どもたちは「まだ聴こえるよ」って笑っている。

 

同じ場所にいて、

同じ音を聴いているのに、

感じている世界がこんなにも違うとは…

少しショックだったな(笑)

 

どうしても私たちは、自分が認識できるものの中だけで生きてしまう。

ほんとは、

もっとたくさんの音が流れていて、

もっとたくさんのものが見えていて、

もっとたくさんの香りがあって、

もっとたくさんの光があって…

きっと、想像もつかないくらい広い世界の中にいるはずなんだけど。

でも、自分が感じられないものは、「ないもの」のように扱ってしまう。

 

感じられないからといって、存在していないとは限らない。

むしろ、

自分が感じているものの方が、この世界のほんの一部なんだと思う。

 

だからこそね、

自分の感じている世界の中だけで、すべてを決めつけて、

悲しんだり、苦しんだり、辛くなったり…しなくていいんじゃないかな。

もっと違う世界があるから🌟

 

そう想えば、心もゆるまる気がします🌿