仕事の帰り道。
前から親子が少し大きな声で話しながら歩いてきた。
小学校3年生くらいの男の子と、お母さん。
二人とも少し感情的になっていてね、こんな会話が聞こえてきた。
(子)「なんであかんの?」
(母)「危ないねん!水はな、怖いねん。」
(子)「めっちゃ少しの水やねんで!」
(母)「水はな、少しでも溺れるねん!めっちゃ怖いねん!」
(子)「膝までぐらいやで!」
(母)「水は10㎝でも溺れるんや!!!」
(子)「そんなんあるわけないやん!なんであかんの!」
(母)「あかん!絶対あかん!」
(子)半泣きで「お母さん、なんでなん!行きたい!」
そこまで聞こえたところで、私たちはすれ違ってしまった。
男の子は顔を真っ赤にして半泣き。お母さんは、とても怖い表情で厳しい口調だった。
子どもだけで水遊びをする話だったのか?
浅瀬だから大丈夫、と男の子が訴えていたのか?
何があったのか、本当の事情はわからないけれど…
それでも私は、あのお母さんの気持ち、わかる気がした。
以前、テレビで「水は5㎝ほどでも溺れることがある」という話を聞いたことがある。
だから、お風呂の残り湯でさえ、命に関わる危険があることを知ってから、
私も子どもたちには何度も「水は本当に怖いから気をつけて。」って伝えてきた。
だから私には、
あのお母さんは、ただ怒っていたようには見えなかった。
我が子を危ない目に遭わせたくない。
怖い思いをしてほしくない。
無事でいてほしい。
そんな強い想いが、少し不器用な形であらわれているように見えた。
もちろん、本当のことはわからないけれど。
でも、私には「怒り」よりも、その奥にある「愛」を感じた気がした。
こういうことって、親子に限らないのかもしれない。
たとえば、
恋人に「最近、なんだか冷たいね。」と言ってしまうこと。
友達に、「私のこと、どうでもいいの?」と拗ねてしまうこと。
職場で、「ちゃんと確認してよ!」ときつい口調になってしまうこと。
あなたが、相手にそんな風に言ってしまう時、
一見すると責めているような言葉だけれど、
その奥には、
「大切だから。」
「仲良くしたいから。」
「うまくいってほしいから。」
そんな想いが隠れていること、あるんじゃないかな。
だとしたら、
もし、あなたが相手に強い口調でなにか言われたなら、
「この人は、本当は何を伝えたかったんだろう。」
っていう視点で相手の言葉を捉えてみると、少し違う感覚になるかもしれない。
愛は、優しい笑顔や温かい言葉だけとは限らない。
ときには、怒った顔をして現れることもある。
だからこそ、
その奥にある想いにも、静かに目を向けてみたいな、と。
通りすがりに出逢った親子から、また1つ大切なヒントをもらった帰り道でした♡
