私、毎朝、駅へ向かう我が子を見送っています。
晴れた日は自転車に乗って、雨の日は歩いて行くその背中を。
ずっと先の角を曲がるまで、
自宅の前の道に出て見送っています。
最近は視力が弱くなってきて、もう先の方はほとんど姿が見えないんだけど…💦
幻の後ろ姿をなんとか追いかけて見送ってる感じ(笑)
それでも、お見送りは毎朝欠かさずする私のルーティン🌟
でね、
いつものように、ずっと先に行ってしまった我が子の背中を見送っていた時、
たまたま私の前を通った、スーツを着た男性の方に
「どなたかを見送られてるんですか?」
って声かけられたんです。
「はい、息子を見送ってるんです」
って答えると、
「その姿に頭が下がります…」
って。
そしてね、
立ち止まって、マスクをはずしてお顔を見せて、ご自身のことを話し始められたんです。
その方は、息子さんが5歳の時に亡くなったそうで…
「毎日、幼い息子の後ろ姿を、角を曲がるまで見送ってたんです。
そのときの自分の姿とあなたの姿が重なってね…息子を思い出しました。」
って。
「私は、北新地でママをしてるんです。ゲイバーですよ。
昔はね、お客さんをタクシーに乗せたら、そのタクシーが見えなくなるまでこうして手をふって見送ったものですよ。」
って、とてもきれいな所作で手をふって見せてくれました。
「今はもう時代が変わって、そんな姿はなかなか見なくなりましたし。
だから、あなたのように姿が見えなくなるまでお見送りされているのをみて頭が下がるなって思って。」
「突然声かけたら不審者と思われるかも、と思ったんだけど(笑)お声かけました。
ほんとに素敵。いい姿を見せてくださってありがとう。」
って言って、歩いていかれました。
時間にしたら、たぶん1、2分の会話。
でも、私にはその会話がとても心に沁みました。
私が、特に意識して我が子の後ろ姿を見送るようになったのは、不登校になってからかな。
学校なんて病気以外に休むことなんてないって思ってたのに、突然行けなくなって。
だから、久しぶりに学校へ向かう後ろ姿を見送れた時は泣けたし、
見送れることがこんなに幸せなのかと感じました。
だから、今はこれまで以上にお見送りの時間をだいじに想うし、
いつも後ろ姿に「今日もきっといいことあるはず!」「がんばれ!」「楽しんで帰っておいで!」
って祈っています。
我が子は、そんな遠くに行くまで見送られてるなんて知らないと思うけれど(笑)
おまもりの気持ちを込めて。
そして。
声をかけてくださったその方が、息子さんを亡くすという大きな経験をされていることも心に沁みました。
人って、
他の人はみんな自分より幸せそうに見えることがある。
傷ついたこともなく、辛いこともなく、これまでずっと幸せで、なんの悩みもないように。
傷ついて辛くて、不幸で悩みもいっぱい、そんなのは自分だけだって思ってしまう。
でも、ちがうね…
にこにこしていても、明るくふるまっていても、大笑いしていても、
みんな、いろんなことを心におきながら生きているんですよね。
大切な心のうちを、見知らぬ私に話してくださって…
いろんなことに気づかせてもらった気がします。
神さまからの贈り物のような時間でした。
ありがと…🌹
また、お逢いできるといいなって思っています。
今日もまた、見えなくなるまでそっと見送ろうと思います。
その心を込めた想いが、静かに誰かにつながっていきますように…
