ココハル日和

2026/07/03
トラウマって…

トラウマについて、とても深い話を聴きました。

その話を聴いて、私自身の「トラウマ」に対する捉え方が大きく変わったんです。

だから、難しいテーマだけれど、シェアしてみようと思ったので綴ってみますね。

うまく伝わるといいな…

 

 

 

誰でも、「トラウマ(心の傷)」と言えるようなものを、一つは持っているのかもしれません。

 

子どもの頃の嫌な出来事。

恥ずかしい思いをしたこと。

傷ついた一言…。

 

例えば、子どもの頃、みんなの前で人に叱られた経験があったとします。

とても恥ずかしくて、悲しくて、「もう二度とあんな思いはしたくない」と感じたとしましょう。

そして、その出来事をきっかけに、

大人になった今でも、人前で発表したり自分の意見を言ったりする場面になると、胸が苦しくなってしまいます。

 

そうなると、

「私がこんなふうになったのは、みんなの前で叱ったあの人のせいだ。」

そう考えるのも、ごく自然なことだと思います。

 

でも、私が聴いた話は少し違っていました。

それは、

 

「トラウマとは、出来事そのものではなく、その出来事に対して自分が持ち続けている意味づけや感情によって、今も苦しみ続けてしまうということ」

 

という考え方でした。

 

つまり、

「あの時の出来事」「あの時に傷ついたこと」が悪いのではなく、

あの出来事を通して「自分はどんなことを信じるようになってしまったのか。」

そこが、その後の自分に大きく影響している、ということなんだと。

 

例えば、その出来事をきっかけに、

「私は人前に出ると恥をかく。」

「私はダメな人なんだ。」

「失敗してはいけない。」

そんな思い込みを、知らず知らずのうちに握りしめているのかもしれない…ということ。

 

もちろん、傷ついた出来事をなかったことにするのではありません。

その時に感じた悲しみや怖さは、本物だし、なかなか消せないかもしれません。

だから、「気にしなければいい」とか、「忘れればいい」という話でもありません。

 

でも、もし今もまだずっと握りしめている辛いものがあるのだとしたら、

それは少しずつ見直したり、手放したりすることができるかもしれない、ということなんです。

 

そして、それは、

過去の出来事そのものに縛られていたというよりも、

そのときの感情を持ち続けていたことで、

自分で自分を縛りつけていたのかもしれない、

ということなんです。

 

だからといって、決して「自分が悪い」という意味ではありません。

ただ、無意識のうちに、

もう終わった出来事に、今の自分の人生のハンドル(主導権)を預けたままになっていたのかもしれない…ということです。

そう知った時、私自身は心が軽くなる感じがありました。

 

過去の出来事は変えられません。

でも、

その過去を「どんな意味で持ち続けるか」は、今の自分が少しずつ選び直していくことができます。

つまり、人生のハンドル(主導権)を、もう一度自分の手に戻すことができるのです。

 

 

 

もちろん、この考え方がすべての人や、すべての心の傷に当てはまるとは思っていません。

心の傷は、その人にしかわからないものですから…

簡単に、こうすればいいって言うつもりもありません。

 

でも私は、この考え方を知ってとても心が軽くなりました。

 

もし今、過去の出来事に苦しんでいる人がいるのなら、

「こんな捉え方もあるんだ」と、

一つの考え方として受け取ってもらえたら嬉しいです。

 

あなたの心も軽くなりますように…