ココハル日和

2026/09/18
「どっちでもいいよ」って言ってほしかった

大学で、教員をめざす学生たちに、毎年話しているエピソードがあります。

それは、

私が小学校教員だったときに受け持った、不登校の子どもの話。

当時は、学校に来ない子どもの家へ、担任が迎えに行く時代でした。

ほんとに毎朝、学校の自転車に乗って迎えに行きました…

 

この話をすると、必ずと言っていいほど、

「私も不登校でした」と、話しに来てくれる学生がいます。

今年も、何人かの学生が講義後に残って、自分の経験を話してくれました。

 

私自身、息子がなかなか学校へ行けない時期を経験したからでしょうか。

不登校を経験した学生の話は、

学校へ行けなかった頃の息子の心の声を、代わりに聞かせてもらっているような気がして。

「そのとき、どんな気持ちで家にいたの?」

「どんなことをしていたの?」

「何をしているときが楽しかった?」

本当は息子に直接聴きたかったことを、たくさん学生たちに尋ねてしまいます。

 

今回、講義のあとに話しに来てくれたAさんも、中学生のとき、不登校だったそうです。

病気をして長く休んだことがきっかけ。

そのうち、だんだん学校へ行くのがめんどくさくなり、

久しぶりに登校しても授業はわからない。

友達と話すこともない。

そして、とうとう学校へ行かなくなったそうです。

先生から連絡があったり、家に来たり。

ご両親も心配して、

「どうして行かないの?」「行かないと高校に行けないよ」「こんなことでどうするの」と、いろんなことをAさんに言ったそうです。

でも、それが嫌で嫌でしかたなかったと。

 

私は、その親御さんの気持ち、よくわかるなぁと思いました。

心配だから。

子どものことをたいせつに想っているから。

だからこそ、一生懸命伝えようとする。

でも、その言葉が、子どもを責めるような形になってしまうこともある。

今の時代、学校へ行かない選択もたくさんあるけれど、

それでも、子どもが学校へ行けない姿を目の当たりにすると、混乱してしまう気持ち、よくわかります。

 

そこでAさんに、ずっと尋ねてみたかったことを聞きました。

「そのとき、親御さんにどんなことを言ってもらいたかった?」と。

するとAさんは、

「(学校は)どっちでもいいよ、って言ってほしかったです」って…

 

勉強についていけなくなることも、

テストが危ないことも、

高校へ行けないかもしれないことも、

これから先の人生が大変になるかもしれないことも、

全部よくわかっていたから。

親が言っていることは、誰よりも自分が一番わかっていた。

だから、親からも言われると、

追い打ちをかけられて、責められているようで、

とても苦しかったです、と。

 

そうだよね……。

「このままじゃダメかもしれない」「この先どうなってしまうんだろう」と思って、最も自分を責めているのは、

もしかしたら、自分自身なのかもしれません。

だからこそ、自分を一番理解してほしい家族の、

「どっちでもいいよ」

という言葉が、救いになることもあるんだろうな。

 

Aさんの話を聞いて、

「ありがとう。息子がしんどくなったときには『どっちでもいいよ』っていう言葉かけるね」

と伝えました。

すると、Aさんは、

「先生、それ、とてもいいと思います。

でも僕は今、一生懸命心配してくれた両親にめっちゃ感謝しています!」

と言って、笑顔で彼女と一緒に講義室を出ていきました。

不登校で苦しんでたなんてわからないくらい、楽しそうな幸せそうな後ろ姿でした♡

 

そのときは苦しかった言葉も、時間が経った今は、

「自分を想ってくれていた」と感じられることがあります。

そして私たちは、自分の経験だけではわからないことを、

誰かの言葉から教えてもらうことがあります。

 

今回も、学生から大切なことを教えてもらいました。

心に置いておこうと思います。