大学で、教員をめざす学生たちに、毎年話しているエピソードがあります。
それは、
私が小学校教員だったときに受け持った、不登校の子どもの話。
当時は、学校に来ない子どもの家へ、担任が迎えに行く時代でした。
ほんとに毎朝、学校の自転車に乗って迎えに行きました…
この話をすると、必ずと言っていいほど、
「私も不登校でした」と、話しに来てくれる学生がいます。
今年も、何人かの学生が講義後に残って、自分の経験を話してくれました。
私自身、息子がなかなか学校へ行けない時期を経験したからでしょうか。
不登校を経験した学生の話は、
学校へ行けなかった頃の息子の心の声を、代わりに聞かせてもらっているような気がして。
「そのとき、どんな気持ちで家にいたの?」
「どんなことをしていたの?」
「何をしているときが楽しかった?」
本当は息子に直接聴きたかったことを、たくさん学生たちに尋ねてしまいます。
今回、講義のあとに話しに来てくれたAさんも、中学生のとき、不登校だったそうです。
病気をして長く休んだことがきっかけ。
そのうち、だんだん学校へ行くのがめんどくさくなり、
久しぶりに登校しても授業はわからない。
友達と話すこともない。
そして、とうとう学校へ行かなくなったそうです。
先生から連絡があったり、家に来たり。
ご両親も心配して、
「どうして行かないの?」「行かないと高校に行けないよ」「こんなことでどうするの」と、いろんなことをAさんに言ったそうです。
でも、それが嫌で嫌でしかたなかったと。
私は、その親御さんの気持ち、よくわかるなぁと思いました。
心配だから。
子どものことをたいせつに想っているから。
だからこそ、一生懸命伝えようとする。
でも、その言葉が、子どもを責めるような形になってしまうこともある。
今の時代、学校へ行かない選択もたくさんあるけれど、
それでも、子どもが学校へ行けない姿を目の当たりにすると、混乱してしまう気持ち、よくわかります。
そこでAさんに、ずっと尋ねてみたかったことを聞きました。
「そのとき、親御さんにどんなことを言ってもらいたかった?」と。
するとAさんは、
「(学校は)どっちでもいいよ、って言ってほしかったです」って…
勉強についていけなくなることも、
テストが危ないことも、
高校へ行けないかもしれないことも、
これから先の人生が大変になるかもしれないことも、
全部よくわかっていたから。
親が言っていることは、誰よりも自分が一番わかっていた。
だから、親からも言われると、
追い打ちをかけられて、責められているようで、
とても苦しかったです、と。
そうだよね……。
「このままじゃダメかもしれない」「この先どうなってしまうんだろう」と思って、最も自分を責めているのは、
もしかしたら、自分自身なのかもしれません。
だからこそ、自分を一番理解してほしい家族の、
「どっちでもいいよ」
という言葉が、救いになることもあるんだろうな。
Aさんの話を聞いて、
「ありがとう。息子がしんどくなったときには『どっちでもいいよ』っていう言葉かけるね」
と伝えました。
すると、Aさんは、
「先生、それ、とてもいいと思います。
でも僕は今、一生懸命心配してくれた両親にめっちゃ感謝しています!」
と言って、笑顔で彼女と一緒に講義室を出ていきました。
不登校で苦しんでたなんてわからないくらい、楽しそうな幸せそうな後ろ姿でした♡
そのときは苦しかった言葉も、時間が経った今は、
「自分を想ってくれていた」と感じられることがあります。
そして私たちは、自分の経験だけではわからないことを、
誰かの言葉から教えてもらうことがあります。
今回も、学生から大切なことを教えてもらいました。
心に置いておこうと思います。
